1994年7月 定期演奏会

1994年7月 定期演奏会

どんどんやる気を失っています。
まあまともに出来たかなと思うのは、小曲集(花かげ他)と、「茶音頭」ぐらいですかね。

でも尺八がこけた。どうしようかと思ったけど、もう自分のペースで弾く以外に手はないのですよね。
「茶音頭」は鈴咲先生が「胸がスッとした」と喜んでくださいましたが、自分としては納得できない何かを更に抱え込んだ気分です。

もう駄目だ。ヤダヤダ。
この定期演奏会を最後にしようかなと思っていた気持ちが、どんどん固まってきます。
演奏会の最中、三村氏に打ち明けた。
これを最後にやめますと。実力がないことを痛感させられた一年でした。これ以上は無理だから。

 …私がいたっていなくたって、さしたる影響もないだろうし、なんて考えてた。

会の終わった後2~3 日経ってたかな。三村氏より電話。
言われましたよ。言ってくれましたよ。

“今、苦しい今、泣きながらやめたらだめだよ。
やめるのは笑ってからだよ。
今やめてしまったら、多分二度とお筝を出さなくなるよ
お筝を始めたのは、今お筝を弾いているのは、誰のためでもない。自分の為なんだよ。

「音楽」の名の通り、音を楽しんで。
苦しい時を乗り越えなきゃ、楽しみは来ないよ。
楽しい時を味わってから、笑えるようになってから、
やめたければ、やめればいい。
でも、今は絶対だめだよ。“

涙出そうですよ。有り難くて。
私自身気付かない私の処世術だったんじゃないかな。
ちやほやされ、そこそこ無難なところでお茶を濁す。それがもう出来ないと思ったら、一目散に尻尾を巻いて逃げ出そうとする。
と言うより、限界までやったものだと思ったのかもしれないな。
笑える日なんて来る見込みもないけれど、そう、誰の為でもない。自分の為に弾いていたんだと思ったら、なんか目の前が明るくなった気がした。
三曲会の為、お手伝いさせていただきます、なんておこがましいよね。
そうだよ自分の為だったんだよ
人生観変わりそう。