第4章「お筝がくれたお免状」

1997年6月17日

1997年6月17日

今日練習してて、なんだか、何かがはじけています。
音が今までと違うんです。
この間まで、嬉しくなってニヤニヤ弾いていたんだけど、今日、なんか泣きそうなんです。
なんだか、今やっと筝が私に弾くことを許してくれた気がするんです。
どうしてなんだろう。
昨日まではお筝がかわいくって、いとしくって、って思ってたんだけど、今日は違うんです。
お筝に自分が存在を認められたようで。お筝に感謝!なんです。

1997年6月3日

1997年6月3日

5月28日は塚山で三村組の練習。
いやはや、参ったね。橋澤氏、もう意気込みが違っちゃってるんですよ。浜さんグループの時も「早く五段(砧)やりたい」とは言ってたけど、「東風夜曲」の中の三連符についてお筝を弾きながら説明していたら、橋澤氏、目を輝かせて、乗り出して聞いているんです。
ましてや矢部氏に至っては、女史とやる「哀歌」命と言う状態らしく、女史の音と絡み合い、時にほぐれてまた歩み寄ろうとする。女史は思いのままに弾いていられる。
「哀歌」の意味がやっとわかった。
技術なんてどうでも良くなった。女史の手なんて追う必要がない。目を瞑り、その世界へ飛び込んでいける。
初めてお筝で泣けた。
残念ながら、矢部氏はぎりぎり理屈で近づいた感はあるのだが、さすがと言うべきでしょう。
あの時のあの二人には誰も立ち入れない世界がありました。
いいですね。そんなふうになりたいです。

このごろどの曲をやってても、弾いているうちに心の中からウキウキしてくる。
へたすると、ニンマリしながら弾いている。
できたとか、出来ないとかじゃなくて、楽しくなってくる。
そういえば、だけど
田嶋先生の門下生の発表会、嬉しいお誘いは嬉しいと同時に地獄のように怖いことな訳で。そんな気分の時にあるアドバイス。

*****もし、失敗したとしたら、そこに参加するのがまだ早かっただけのこと。むしろ時期を見極められずに誘ったひと人の失敗なんだよ。*****

私は、自分の今ある力を思いっきり発揮するだけでいいんだ。それをどう見るかは、見る人の自由。私は私でありさえすればそれでいいって。感動です。

1997年5月27日

1997年5月27日

20日帰宅したら、留守電に女史より心配のメッセージが入ってた。
しかし、私はすでに立ち直り始めておりやした。
というのも、浜さんのところへ行った時、行く道すがらにも、帰りの横浜駅の雑踏にも、5時間に及ぶ練習にも、全く疲れていない自分を発見したのです。
あれだけ嫌いだった人ごみが、嘘みたいに気にならない。
自分の世界に入ってる自分を見た気がします。
「無」という最大の「有」に出会った。
俗、他、世間が、なにも見えないと言う感覚。

1997年5月20日

1997年5月20日

結局、女史の音に頭の中を真空状態にさせられた。
あの、音による語り。これでもか、これでもかと突きつけてくる。
あれほど、音楽以外の音が混じらない空間にいたことはない。
あの息苦しさ。
息苦しいと思うのは、頭の中に俗世間があるからで、そこへ逃げ込もうとしているからで。
俗世間のなかで、生ぬるいお湯につかって、ちっとは判ったつもりになっていたからで。
初めっから聴く耳なんて持っていなかったんじゃないか。聴く心なんてなかったんじゃないか。
わかってる、感じてる「つもり」だけだったんじゃないか。
現実に自分も弾いているのに、別物扱い。
しかーし!

手痛い目に合わされて、アタシのマゾヒズムは徐々に快感に変わり始めているのです。

答えは筝の中にあると思ったから、敢えて浜さん宅の音合わせに行った。
またそこで思い知らされている。
溝口さんの上手さに。
彼女は攻撃型ではないから、そこへ呼応しようと思ったら、女史に対してよりも更に難しい。
でも逃げたくはない。

1997年5月19日

1997年5月19日

合宿が終わりました。 
その合宿の中で
自分を否定したくなるくらい落ち込んでいます。
女史の演奏を聞いているうちに、頭の中が空っぽになり始めた。突然目も耳も手も真っ白になって。譜面は見えなくなるし、手は空回りしているし、女史の音まで拒絶して受け入れられなくなってしまった。
何の曲をやっても全く弾けない。弾けてたものまで弾けない。
そんな間に女史が一人の曲を弾くと、もうこっちは絶望的な気持ちになって。あとは地獄のよう。
矢部氏と一緒にやると、なおさら追い込まれて。
何が自分に起きたのか、まだ整理つかないでいる。
誰の音にも呼応することが出来ず、リズムも全く取れず、強弱も判らなくなり、糸すら見えなくなって、自分さえも見失った。
今までは少しづつ空っぽにしては埋め込んで、少しづつ違う色にして行ってたけど、この三日間は一気に完璧に空っぽになってしまった。
音の世界に容易に入って行けなくなってしまった。
橋澤氏は、行くのを一番渋ってたけど、何かが生まれた。
私と矢部氏は逆になにもかも捨てさせられた。
早いとこ跳ね上がらなくては。