2001年10月12日

ここのところは、降って沸いたように「弟子」ができて、そのお稽古があったり、ボランティアの演奏やら、定期演奏会やらをやっていた。

そんな中で、今までとは違う種類の失敗を重ねている。

今日3年前のMDを聞いた。「こきりこの里」「祭りの夜の幻想」「波光」
今、それをやれといわれても無理かなと思うほど、伸びやかに弾いている。
こきりこなんて、私としたら最高の出来。まず、間違わない。コケない。
それを3年も前に出来たのに、今どうしてあらぬ失敗をしてしまうのだろう。

中根先生の音色は、なんて大人なんだろうと思う。必要な色、長さ、速度を熟知しているという感じ。第3の目を持っている。
完璧にプロとアマの違いである。

今、ここへ来て、とんでもない失敗・・・・・
・爪が抜けそうだの、いすの高さが合わないだの、尺八とのピッチのずれだの、気にしている間に演奏のタイミングをはずす。
・押し手の高さが狂ったのにとっさに修正ができない。
・練習で間違うところを本番でもやってしまう。

こんなことをやってしまう理由のひとつかと思うけど、「たて」になるプレッシャーに襲われるというのがある。
中根先生のカリスマ性は、そこにもあるのだと思う。

その曲のリーダーになったら、やはり絶対に間違えてはいけない。誰がコケても、ペースメーカーとして絶対にたじろがず、対処しなくてはいけない。
そう考えると、本当に厳しいことになる。
「もう失敗は許されないのだ」という思いが頭をもたげた。
不特定多数ではなく、はっきり誰とわかる人間が私の音を聞いているはずなのだ。
「弾ければ満足」では、もうだめなんじゃないだろうか。
そのために、もちろん技術は欠かせないけれど、もっとも重要なのは精神力だという気がしてくる。
技術的に苦手なところなど、すべて克服しなければ許されない。その上で精神的な強さというものを要求される段階に入ったのではないだろうか。
そして、今私にはそれが、精神的強さが不足していると思う。
自意識が弱すぎる。
偉くはないけれど、立派でなければ。
舞い上がってなんかいられない。たじろいでなぞいられない。