1995年5月10日

1995年5月10日

定期演奏会に向けて練習中。繰り返し繰り返し。毎回新しい発見があるのではないかと思うから。
それほど沢山ではないけれど、確かに新しい発見があるのです。ただ、発見した為に落胆してしまうことも多いのです……。
今、一番難しいと思うのは、「虹をくぐって」。
コマーシャルじゃないけれど、
何も引かない、何も足さない。そんな音出したいな。

「初鶯・北海民謡調・小曲集・炎」 1995年2月12日 観梅会(三渓園)

「初鶯・北海民謡調・小曲集・炎」
1995年2月12日 観梅会(三渓園)

「炎」(水野利彦作曲)を12月に貰った。
テープももらったので、とりあえず聴いてみる。
バカヤロー!弾けるかよ!…って相当乱暴ですが…

しかし、今まで出会ったことのない感動を覚える曲なのです。泣きそうですよ。……実際弾くとなるとどうなんだろ……

昨年の暮れ、忘年会の席上、小田さんとたっぷり喋った。
私が「小田さんの弾く姿を思い浮かべて練習している」と言うと「私もかつては中根先生をイメージした」と。

更には、「自分は一つの曲を自分のイメージで弾く。下手すれば作曲者自身にも逆らっている。作り手にそんなつもりがなくても、飽くまでも弾く時は自分のイメージなのよ」と。
圧倒されっぱなしではあるが、この日に「炎」を渡されているのだ。もう、やるっきゃないでしょ。

かくして、私の猛特訓が始まった次第であります。
プロ並みの彼等にどこまで付いていけるのか分からないけど、見捨てられない限り、とにかく食い下がっていく覚悟だけはある。
耳にタコが出来そうなほど、或いはテープが擦り切れそうなほど聴いた。恐かった。でも、弾けるようになりたいと思った。
何度弾いても飽きない。今までこんな事思ったことない。オリジナルを聴いていると、どこが自分の出番であるか、よく分かる。

……四国にいた時の正派の先生が、私が「千鳥」を仕上げた時、「レコードと同じ速さだよ」と誉めてくれた。あの頃も楽しかったな。大館では「さくら変奏曲」と「荒城の月」をやっている時、先生がわざわざ友人に電話を掛け、私に弾かせて聴いてもらい、終わったら電話口で「ね、いいでしょ」って。……あんときの楽しい気分を思い出す。
自分の音出さなきゃ。

「炎」
手としてはどうにも弾けないところはない。なんとかなるのだが、テープのスピードでは、とても弾けない。一日中テープを聴いているので、頭の中は、「炎」がいつも廻っている。
リズムを刻むのも一つずつ数えないと分からなくなってしまう。とてもテープの速度なんかで弾けるものじゃない。
キーッ!!どうしよ。見捨てられてしまうかもしれない。この曲を出さないことになるとしたら、原因は私にしかない。ウー。
とまあ、生みの苦しみを味わったわけですね。
もう駄目かも、なんて思いつつ。

しかしある時、ふと思ったんですよ。 「テープに吹き込まれているオリジナルだって人間が弾いているんだよね」……だったら、私だってやってやれないことはないんじゃないだろうかって。頑張るしかないんですよね。後へは引けませんもの。
手の骨も筋もどうにかなってしまうかと思いましたよ。一つの曲にこれほどのめり込んだのは初めてですね。
こんな具合で1月のお稽古までになんとか形になりました。

「北海民謡調」
こちらは、浜さんが一筝、私が二筝、三村氏が十七絃。
しかしなんとも迫力に欠けるので、小田さんに入って貰うことにしました。
彼女が弾くのを聴いていると、やっとこの曲の面白さが分かった気がします。メチャクチャ速いので、ついていくので精一杯ですけど。曲を理解しているんだなあと思いましたね。ワシは一体今まで何を弾いていたのかと思うぐらい。
彼女は、サビと言うか、追分の部分の筝は波を表現していると言う。今まで考えたこともなかったけど、そう言われると日本海の淋しい海が浮かんで来る。……彼女は絵を描いているんですよね……。とうとう観梅会。
なんとも私の音は小さい。まだまだ。しかも緊張でトチる。目立つんですよ。三者三様に弾くから。時間が余ったとの知らせ。三人とも「「炎」も一回やりたい!」。やりました。満足できる出来じゃなかったけど、三人ともノッテます。定期演奏会にも出します。

「じょんがら変奏・虹をくぐって・小曲集・きたぐに・炎」
「じょんがら」は、暮れに三村氏と小田さんが弾いているのを聴いてブッ飛んでおりましたです。
「筝がもう一面ないと出来ないのよね~」と二人一緒に私を見ます。首がちぎれるほど左右に振りました。手まで付けて。
しかし2月の下旬譜面とテープを渡されて、「大丈夫一年かけてやればいいんだから」……うっかり受け取ったんですね、これが。
3月中旬、練習日。小田さんが参加できなかったので、三村氏と二人で。
じょんがらの練習。なにがなんだか分からない。手がまともに動かないので、音も出ないのです。
4月、小田さんも加え、三人一緒。
彼女、テープのスピードで弾いてしまいます。
帰り、三人でお茶しました。彼女は「真千姐さん、今一番の成長株だよ。赤丸急上昇」とか言ってくれた。ケラケラ笑いながらも私の胸は彼女との差に打ちのめされていました。
家に帰るタクシーの中も、夜中も、一晩中悩みましたよ。なんでこうも違うのだろう。何が足りないのだろう。どうして私は弾けないのだろう。絶対無理なんだろうか。……無理かもしれない……。
朝になってもボーッと悲しみに打ちひしがれて……

ン?何考えてんだろ、とどこかから光が射して来たんです。答えが見つかりました。
ただ一つ、「頑張ってなかった」だけなのです。
ありゃ?もう自分は出来るつもりになってた訳?
おやおや、ですよ。なんとまあ図々しい。
焦らず、驕らずでしょ。?
勇気を出して、テープと合わせてみました。何よ、なんとかついて行けるじゃないの。
央ちゃんが、顔を見るたびに「できるよ、できるよ」
感謝です。
も一つ吹っ切れました。
何時の間にか定期演奏会に出すことになっている。「一年かけてやるんだから」は一体どこへ?

####演奏会に向けて猛特訓中。
小曲集の中は、「夕焼け変奏曲・月の砂漠・森の小人」ですが、尺八が入り、三人で合わせてみると、メロディーラインに合わせてくる二筝、十七絃のハ-モニーが、涙が出そうなほどピシャリと嵌まるのです。
たまんないですよ。
ところが、2回目の時はそれほど感じてこない。慣れちゃったら何も感じなくなっちゃうのかな、と思ったら、他の二人も全く同じ感想だったのです。
「この間みたいに感動しないね」
やっぱり私が感動している時は彼等も感動していたのです。何も感じてこない時は三人の気が同じ点にたどり着いていないのです。

いつも同じ点にもっていけたらいいな。……でも、この話が出た時は、お互いに責任を擦り付け合いました。……

1994年9月 観月会(三渓園)

1994年9月 観月会(三渓園)

お筝を弾いていて初めてあがっていない。
とにかく震えていない。
まだ少し次の出番、嫌だなと思っているけど、あがっていない。私、どうしたんだろう。
気持ちいい!までは行ってないけど、すがすがしい。
トチらなかった訳じゃないけど、気分がいい。
一体これは何?

****「あがるのは、自信がない時よ」****

自分の中で何かが変わりつつある。それが何であるかは全く分からないけど、なにか燃え始めているのが分かる。

1994年7月 定期演奏会

1994年7月 定期演奏会

どんどんやる気を失っています。
まあまともに出来たかなと思うのは、小曲集(花かげ他)と、「茶音頭」ぐらいですかね。

でも尺八がこけた。どうしようかと思ったけど、もう自分のペースで弾く以外に手はないのですよね。
「茶音頭」は鈴咲先生が「胸がスッとした」と喜んでくださいましたが、自分としては納得できない何かを更に抱え込んだ気分です。

もう駄目だ。ヤダヤダ。
この定期演奏会を最後にしようかなと思っていた気持ちが、どんどん固まってきます。
演奏会の最中、三村氏に打ち明けた。
これを最後にやめますと。実力がないことを痛感させられた一年でした。これ以上は無理だから。

 …私がいたっていなくたって、さしたる影響もないだろうし、なんて考えてた。

会の終わった後2~3 日経ってたかな。三村氏より電話。
言われましたよ。言ってくれましたよ。

“今、苦しい今、泣きながらやめたらだめだよ。
やめるのは笑ってからだよ。
今やめてしまったら、多分二度とお筝を出さなくなるよ
お筝を始めたのは、今お筝を弾いているのは、誰のためでもない。自分の為なんだよ。

「音楽」の名の通り、音を楽しんで。
苦しい時を乗り越えなきゃ、楽しみは来ないよ。
楽しい時を味わってから、笑えるようになってから、
やめたければ、やめればいい。
でも、今は絶対だめだよ。“

涙出そうですよ。有り難くて。
私自身気付かない私の処世術だったんじゃないかな。
ちやほやされ、そこそこ無難なところでお茶を濁す。それがもう出来ないと思ったら、一目散に尻尾を巻いて逃げ出そうとする。
と言うより、限界までやったものだと思ったのかもしれないな。
笑える日なんて来る見込みもないけれど、そう、誰の為でもない。自分の為に弾いていたんだと思ったら、なんか目の前が明るくなった気がした。
三曲会の為、お手伝いさせていただきます、なんておこがましいよね。
そうだよ自分の為だったんだよ
人生観変わりそう。

「茶音頭・春の夜・遠砧」 1994年5月

「茶音頭・春の夜・遠砧」
1994年 5月

浜さんが、そろそろ始めたいとのこと。
夏の演奏会から参加となる。

しかし、なかなか上手く出来なくて、なんか尺八の人達にも相手にされていない感じで。
弾ける人達にはもう一回、もう一回ってさ。こちらも弾けないから何回もやりたくはないけど、明らかに尺八がついて来れないときもあるのに、それはそのまま流されてしまうのです…。