もっと新しい世界

更なる変化……進化?

6月後半からお稽古再開。

お筝のお稽古は、初期段階ですっ飛ばしてしまったため、「六段」です。
お稽古3回目で一応終了の運びとなりました。
最後のお稽古で全体的な注意をいただきました。

細かいことは別として、基本的に姿勢の問題がありました。
改めて姿勢を直したら、なんか新感覚に襲われました。
あれ?と思いつつ自主練。
弾きにくかった手の感じが違います。楽になりそうです。

これまでいろいろ注意されていた、いわゆる「癖」が、なんか減っていきそうな感じ。自然な雰囲気。注意されていたことの本質が、今メラメラと理解できそうな感じ!

そしてそして。音が劇的に変わった気がするんです。

先生のところに行き始めたころ、友人に「音が変わった」と言われたことがあるのですが、自分としてはまったくピンと来ず。
厚みのある音を出さなきゃだめだと教わっていたし、「六段」終了時、「楽器全体が鳴って来たよ」とは言っていただけたのですが、それとはまた違う変化な気がします。

「音」が「抜ける」感じ。

なんでだろ。ほんとかな。って思うから何度もいろんな姿勢で試してみるのですが、明らかに違うんです。

変化したのか、そしてあわよくば、これは進化なのか。

今後のお稽古で、先生からなにか言われるまでは安心できないけど、違うのだけは感じています。(これも「今頃?」って類ですが)

三絃は、まだ「これだ!」がつかめていません。

 

 

病院三昧

昨年夏から、長い間病院とお友達状態が続きました。
腎臓結石、大腸ポリープ、歯肉炎、ドライアイ、とどめに白内障。
すべて要治療、又は手術です。

こんなにまとめて来るもんなんですかねぇ。びっくりしますよ。
治療の必要な病気だけは、頑張っても一人では克服できないです。
人の手助けが必要です。

とりあえず、医学に頼り、全部クリアしましたが、ほぼほぼ1年。長かった・・・・。

そんな中、茅ヶ崎三曲会の演奏会があり、友人の代理で一人BGMあり(30分という依頼だったのが、結果1時間半以上弾いていました。ネタ切れで四苦八苦)、叙勲祝いあり、おさらい会あり。

その時その時は一生懸命だったけど、体調の不安も手伝って、そぞろな気分だったかもしれません。

やっと平和な日々が戻りましたが(あぁ、いつまでもつんだろ)、次回のお稽古に向け自主練開始。

白内障の手術が両眼だったので、なんやかんやで一か月ほどサボっていた報いに襲われています。特に三絃弾けません。あせります。

 

 

 

 

変化って…その2です

また、変化が起きたんです……。

唄です。

ず~っと、先生と自分の唄が違うのはわかっていました。
気にしていました。
嫌だなぁって思っていました。

だけど、どこが、どう違うのか。なにがいけないのか。
注意されれば、ああ。って反省するんだけど、次のお稽古ではまた違うところを注意されて、の繰り返し。
歌詞をよく見て、読んでみて、理解しようと頑張ってたつもりなんだけど、やっぱり次のお稽古で注意される。

自分の録音を聞いてみても、「下手だ」とは思うし、先生と全然違うのもわかってはいるんです。
でも先生との差は仕方ないかなって。あれはキャリアだよな。って。
いつかあんな風に歌えるようになりたいなって。

だけどこの頃少し嫌になってました。
気を付ける方法がわからない。
やはり願わくは、注意される回数を減らしたいわけです。

絶望感にさいなまれ始めていました。
「注意されるまで気づかない」ことが最も悲しかった。

しっか~し!!

わかった!!!!!

自分のしていること。していないこと。メラメラメラメラ!

ピッカーンって。

なめらかに、歌詞考えて、言葉として成立するイントネーション。
どうしたらそうなるか!

見えたらポロポロほどけてくるんです。

お稽古のとき、「母音がだいぶ気にならなくなったね」と先生から。

嬉しくて嬉しくて、お稽古ノートに書いていてふと気になり、ノートの初めから読み返しました。

なんか胸騒ぎみたいな。

!!!たしかにそれはありました。
「なめらかに、歌詞考えて、言葉として成立するイントネーション」
最初のお稽古で言われていました。

あ”~!って。
へこみます。
なんで?なんで理解できなかったの?
なんで1年半もかかったの?
うわ~!一体どんな能力が必要だったの?
 トロすぎる自分に腹が立ってくる。情けない。

発見して嬉しいんだけど、同時に悲しいんです。あ、先生のほうがもっと悲しいのかなぁ。「なんて鈍い奴だ」って。

複雑な気分です。

が、悲しいだけでは嫌だから、やっぱここはひとつ
「気づいたとき」が「生まれたとき」式で行こう!
オギャア。
新生児、明るくいこう!

茅ヶ崎三曲会を終えて

11月12日は茅ヶ崎市で演奏会。

宮城道雄の「舞踏曲」のⅢ筝と、池上眞吾作曲の「すずかけ短夜~星空に咲く一輪花~」の17絃をさせていただきました。

どちらも初めての曲です。

舞踏曲は、Ⅰ筝のオクターブ下という調弦で、それでなくても低いのに、五とか七の連続の押し手という個所があり、しかも掛け押し禁止。プラス、三の押しや、更に一か所ですが、二の押しがあるのです。

こけそうな距離感(;;)

その部分は暗譜必須でした。
でも、合同練習中、他のパートを見ると、どのパートも簡単なわけではなく。みんなすごいな~って。

オープニングの曲だったので、無事終えて若干ほっとしてほかの曲を聴いたりして。

私の参加した2曲目は「すずかけ短夜」。
17絃は4人。ただ会場の関係で舞台が少々小さめで、キツキツ。
そんな中、いよいよ始まりました。

8小節くらいいったところで気が付いた!!!!!!!!

ガビ~ン!!!!

事件です。あ~~~~~~~~。

ワタシ、腕時計………つけたまま・・・・・・・・・・・。

気づかなければよかったんです。気づいても、気にしなければよかったんです。

だけど。うろたえてしまいました。衣装は白なのに、時計のベルトは柄物だし。外したい。外せない。チャンスはどこにある?

結局各パートソロのカデンツァで外しましたが、あとでビデオ見ても、全く見えていなく。舞台がキツキツなので、私がいることすら客席からはよくみえてもおらず…チャンチャン。

笑えます。自意識ってどこに持てばいいんでしょう。
テーマの残る演奏会とはなりました。ハンセイシテマス。

 

 

 

 

 

 

変化って・・・・

変化って、いつまでするんですかね。
終わりは本当にないんですかね。

というのも・・・・・・・。

私は自分大好きだから、寝るとき、自分の過去の演奏の録音を聞いているんです。
「頑張ったなぁ」と思う時もあれば、「ノリが悪いなぁ」と感じるときもあります。
が、基本、「楽しんで」きいていました。
不足を感じないわけではないけど、それはリズムだったり、音量だったり、テンポだったりでした。
それ以外、これといった疑問もなく。

ところが、先日、全く違うことに気づきました。
そんなの書くことさえ「恥」だとは思うのですが。

「音」、そのもの。
なんて軽々しい音なんだろうって。
薄い、透けて見えそうな音だと感じたんです。

「下手さ」の理由がもう一つ加わったというべきかな。
本当に驚かなきゃいけないのは、「今まで気づかなかった」ことのほうかもしれませんが。

やっと、やっと、聞こえました。
なぁんにもわかってなかったのかなぁ、やっぱり。

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