もっと新しい世界

変化って…その2です

また、変化が起きたんです……。

唄です。

ず~っと、先生と自分の唄が違うのはわかっていました。
気にしていました。
嫌だなぁって思っていました。

だけど、どこが、どう違うのか。なにがいけないのか。
注意されれば、ああ。って反省するんだけど、次のお稽古ではまた違うところを注意されて、の繰り返し。
歌詞をよく見て、読んでみて、理解しようと頑張ってたつもりなんだけど、やっぱり次のお稽古で注意される。

自分の録音を聞いてみても、「下手だ」とは思うし、先生と全然違うのもわかってはいるんです。
でも先生との差は仕方ないかなって。あれはキャリアだよな。って。
いつかあんな風に歌えるようになりたいなって。

だけどこの頃少し嫌になってました。
気を付ける方法がわからない。
やはり願わくは、注意される回数を減らしたいわけです。

絶望感にさいなまれ始めていました。
「注意されるまで気づかない」ことが最も悲しかった。

しっか~し!!

わかった!!!!!

自分のしていること。していないこと。メラメラメラメラ!

ピッカーンって。

なめらかに、歌詞考えて、言葉として成立するイントネーション。
どうしたらそうなるか!

見えたらポロポロほどけてくるんです。

お稽古のとき、「母音がだいぶ気にならなくなったね」と先生から。

嬉しくて嬉しくて、お稽古ノートに書いていてふと気になり、ノートの初めから読み返しました。

なんか胸騒ぎみたいな。

!!!たしかにそれはありました。
「なめらかに、歌詞考えて、言葉として成立するイントネーション」
最初のお稽古で言われていました。

あ”~!って。
へこみます。
なんで?なんで理解できなかったの?
なんで1年半もかかったの?
うわ~!一体どんな能力が必要だったの?
 トロすぎる自分に腹が立ってくる。情けない。

発見して嬉しいんだけど、同時に悲しいんです。あ、先生のほうがもっと悲しいのかなぁ。「なんて鈍い奴だ」って。

複雑な気分です。

が、悲しいだけでは嫌だから、やっぱここはひとつ
「気づいたとき」が「生まれたとき」式で行こう!
オギャア。
新生児、明るくいこう!

茅ヶ崎三曲会を終えて

11月12日は茅ヶ崎市で演奏会。

宮城道雄の「舞踏曲」のⅢ筝と、池上眞吾作曲の「すずかけ短夜~星空に咲く一輪花~」の17絃をさせていただきました。

どちらも初めての曲です。

舞踏曲は、Ⅰ筝のオクターブ下という調弦で、それでなくても低いのに、五とか七の連続の押し手という個所があり、しかも掛け押し禁止。プラス、三の押しや、更に一か所ですが、二の押しがあるのです。

こけそうな距離感(;;)

その部分は暗譜必須でした。
でも、合同練習中、他のパートを見ると、どのパートも簡単なわけではなく。みんなすごいな~って。

オープニングの曲だったので、無事終えて若干ほっとしてほかの曲を聴いたりして。

私の参加した2曲目は「すずかけ短夜」。
17絃は4人。ただ会場の関係で舞台が少々小さめで、キツキツ。
そんな中、いよいよ始まりました。

8小節くらいいったところで気が付いた!!!!!!!!

ガビ~ン!!!!

事件です。あ~~~~~~~~。

ワタシ、腕時計………つけたまま・・・・・・・・・・・。

気づかなければよかったんです。気づいても、気にしなければよかったんです。

だけど。うろたえてしまいました。衣装は白なのに、時計のベルトは柄物だし。外したい。外せない。チャンスはどこにある?

結局各パートソロのカデンツァで外しましたが、あとでビデオ見ても、全く見えていなく。舞台がキツキツなので、私がいることすら客席からはよくみえてもおらず…チャンチャン。

笑えます。自意識ってどこに持てばいいんでしょう。
テーマの残る演奏会とはなりました。ハンセイシテマス。

 

 

 

 

 

 

変化って・・・・

変化って、いつまでするんですかね。
終わりは本当にないんですかね。

というのも・・・・・・・。

私は自分大好きだから、寝るとき、自分の過去の演奏の録音を聞いているんです。
「頑張ったなぁ」と思う時もあれば、「ノリが悪いなぁ」と感じるときもあります。
が、基本、「楽しんで」きいていました。
不足を感じないわけではないけど、それはリズムだったり、音量だったり、テンポだったりでした。
それ以外、これといった疑問もなく。

ところが、先日、全く違うことに気づきました。
そんなの書くことさえ「恥」だとは思うのですが。

「音」、そのもの。
なんて軽々しい音なんだろうって。
薄い、透けて見えそうな音だと感じたんです。

「下手さ」の理由がもう一つ加わったというべきかな。
本当に驚かなきゃいけないのは、「今まで気づかなかった」ことのほうかもしれませんが。

やっと、やっと、聞こえました。
なぁんにもわかってなかったのかなぁ、やっぱり。

過酷なお稽古は続いています

今年に入って(2017年)、おさらい会の演奏曲を決めねばならず、とても自信もなく・・。
結局先生に選んでいただきました。
「深夜の月」という古典曲。唄もの。
それだって相当躊躇しましたが、6月のおさらい会まで、この曲一本で行っていいという条件がついたので、チャレンジです。

まずは、後出しじゃんけんみたいな唄のつけ方でちんぷんかんぷん。
掛け押しのオンパレードで四苦八苦。
歌詞の、揺れる女性の心理であたふた。

何度もへこみました。
「違う」と注意されても、自分がなにをやってしまっているか、よくわからない。
どうすればよくなるのかみえない。

飽きてはこないんです。わからないから。

でも、なんかちがう。

本番まであと半月もないころ、お稽古の録音を聞いていて、はたと気づくものがありました。
いつも録音を聞いて練習しているのですが、その時私は「先生の音」しか聞いていなかったんです。
キャッって感じ。
馬鹿ですね。自分の音聞いていないんです。先生の音を聞いてまねっこしようとしているのですが、「自分」は「その時」どう弾いて、どう唄ってるか。それを聞いていない。
自分にびっくりしました。

それに気づいたら、ひどいんです私の演奏。見えました。やっと。

最後のお稽古で、先生から「だいぶ仕上がってきましたね」と。

いや、時間かかりました。驚きます。

そんなこんなでついに本番です。
合同曲では「うてや鼓」の17絃担当。

個人曲は演奏前に解説をいれてくれるのですが、私の曲の解説をしてくれているのが、なんと「藤原道山」!! 「へ?」と思いつつお筝の前まで行ったのですが、「へ?」がだんだん大きくなって「え~?」となり、「え”~!?」になって、そのころにはもう胸がドキドキしてしまって。
道山さんが、池上社中にかかわっていることはわかっていたのに。会場にいることもわかっていたのに。もう体震え始めて・・・・
演奏を始めた瞬間、声が、声が・・・。震えています。まずい!と思うのですが、震えは止まらず。前半は唄の音程キープに必死。糸間違いしないよう心の中では目が吊り上がっていました。
手事に入ったころ、少し落ち着き始め、後唄では声量もだいぶ戻せたかな。
初めての環境とは言え、あんなにあがっちゃうもんですかね(;;)
演奏会終了後の反省会。
これが、1曲づつゲストの尺八の先生方や、眞吾先生、實先生から講評をいただくという世にも恐ろしい反省会なのであります。
とりあえず、實先生から「古典の唄いまわしが出来ていた。上の演奏」とお褒めの言葉。
励みになります。「次」へつなげられますように。

色々あったけど…

悩んだり、迷ったり色々ありましたが、現在、池上眞吾先生の所に弟子として入門しています。
この三月で、一年になります。

望んだ通り、過酷なお稽古が続いています。
一音、一声にダメを食らう日々。
「音」を気にし、「声」を確認し、「唄」を理解し、「空気」を読んで、「流れ」にのる・・・を同時進行!
当たり前に、「音楽」を目指すために。

理解遅く、反応鈍く、応用が利かないという3ヘタレのため、お稽古が終わっても体中から力が抜けず、帰りの道中はしばらく歩くのもおぼつかない日が続いています。
年明けから三絃も始めましたので、「おぼつかない」は倍増です。

楽しいです。幸せです。

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